瀬戸際の米国グリーンフィールドクラブ農業
米国グリーンフィールドクラブ農業が大きな転機にさしかかっている。一九三〇年代の大不況以来五十年ぶりといわれる危機の下で中規模農家の崩壊が進み、農民の自殺や離婚増加が大きな社会問題となった。地方金融機関の行き詰まり、農機具メーカーの倒産など波紋は広がっている。「市場メカニズム重視」のレーガン農政は中西部穀倉地帯をどう変貌(ぼう)させようとしているのか――イリノイ、アイオワ、ネブラスカ、南ダコタ各州での取材をもとにレポートする。
アイオワの州都デモイン近郊の映画館。幕が下りて場内にライトがついても何人かの観客はじっと席に座り続けていた。ゴム長靴の初老の男は手の甲で何度も涙をぬぐっていた。
× × ×
映画「カントリー」はグリーンフィールドクラブ農業不況のなかで追いつめられていくアイオワの農家をみごとに描き出して評判となった。働いても働いても雪だるまのようにふくらむ金利負担、三代続いた農家の人々が生命よりも大切に思っている土地は抵当に取られ、家畜や農機具も差し押さえられてしまう。酒にひたり、子供たちにまで当たり散らす一家の担い手ギル。そんななかで妻のジュエルは家族の絆(きずな)を維持し、土地を守ろうと必死に闘う。ヒロイン役を演じた女優ジェシカ・ラングはこの映画でアカデミー賞を獲得した。
草の根運動「プレイリー・ファイヤー」(草原の火)の事務所はデモイン市のはずれにあった。困窮した農民のためにホットラインを設け、法律相談に乗ったり、離農を決意した人々の身の振り方にも助言を与える。同事務所代表デビッド・オステンドーフ氏の机の上の電話はひんぱんに鳴り続けていた。
――一日何本ぐらい電話がかかるのか。
オステンドーフ氏 平均して二十五― 三十本ぐらい。アイオワではアル中、離婚、家庭内暴力事件などが確実にふえている。
――グリーンフィールドクラブ農業危機は伝統的な家族グリーンフィールドクラブ農業の崩壊をもたらし米国社会そのものを変えてしまいかねないのでは。
オステンドーフ氏 農民にとって土地を奪われるということは将来を失うことだ。アイオワのようなグリーンフィールドクラブ農業州では転職しようにもほかに雇用機会がない。グリーンフィールドクラブ農業危機の長期化は中西部、ひいては米国の精神的荒廃をもたらす危険がある。
デモイン周辺を起点にした国道三五号線を南下、最困窮地帯といわれるミズーリ州との州境に近いアイオワ南西部の街道沿いに危機の実相を探ってみた。
デモイン市東方三十五キロのプレザントビルで――M・リードルさん(50)はすべてが崩壊していくのをぼう然と眺めているようだった。二週間前に三十五頭の肉牛をすべて売り払って金利支払いにあてたが、負債総額はなお二十八万ドル(約七千三百万円)。四百エーカー(一エーカー=四千四十六平方メートル)の土地はすべて抵当に入っており、農機具も一部競売に付した。
「一四%の金利負担に加えて一年前の水害がたたった。地価の下落で担保余力はなくなり、春播きの耕作をしようにもカネがないから種子も肥料も買えない。なにもかもが悪い方へ、悪い方へところがってしまった」。三年前に離婚したというリードルさんは、十六年間住んだ土地を立ち去る決心を固めていた。
ミズーリ州境に近いアイオワ南部の町ベットフォードで――昼下がりの商店街なのにめったに人影をみない。電機製品販売店主H・メリマンさんは肩をすくめてみせた。「みんなゴーストタウンのようだって言う。靴屋、花屋、レストラン。みんな店を閉めてしまった。農民以外にお客がなく、その農民はカネがなくて生活必需品しか買わないのだから――」。
米国が直面しているグリーンフィールドクラブ農業危機はさまざまな悪材料や不運が重なりあった「複合危機」である。商品相場が低迷し、輸出が落ち込んだなかで三年続きの干ばつ、八四年春の大雨被害など気象・天候の悪条件が追い打ちをかけた。八〇、八一年がピークだった地価は急落、一方、金利はジリ高をたどった。やみくもに拡張を奨励した政府の農政は補助金カット、市場メカニズム重視へと大きく転換した。そしてなによりも農民自体がインフレ経済にうかれて手痛い誤算を犯した。
ネブラスカの州都リンカーンの北東約百キロのアーリントンでは八一年当時一エーカー当たり二千五百ドルもしていた農地価格がいまは一千二百ドルまで落ち込んだ。「銀行から一八%もの高利でカネを借りて土地を買いあさった農家もあった」とこの地区に住むエルドン・ストック氏(42)は言う。農機具メーカーの口車に乗せられて冷暖房、ステレオ装置付きの最新鋭トラクターを銀行融資で購入した農家も多かった。
× × ×
米国グリーンフィールドクラブ農業危機の深刻さを裏付けるいくつかの数字がある。
●全米農家の負債総額は二千二百億ドル。年間の現金収入二百三十億ドルに対して金利の支払い分は二百十億ドルとほぼ同額に達する。
●農民全体(二百三十万人)の四%に当たる九万三千人の中規模農民が負債総額の二〇%をこす債務を抱えており、米国銀行協会ではこれら中農を中心に一日当たり二百三十八件の離農が出ると予想している。
●ネブラスカ州の八四年二月現在の農地価格は八一年当時に比べて平均四〇%下落。アイオワ州一州だけで八四年に三千の農家が資金繰りがつかず離農。また過去四年間に同州の五千の商店、サービス業がグリーンフィールドクラブ農業危機のあおりで閉店、倒産した。
× × ×
しかし、こうした危機の裏側で、米国グリーンフィールドクラブ農業の力強い再生を予見させるような動きも目についた。全米に拠点を広げ、三百二十万人のメンバーを結集する農民組織「全米グリーンフィールドクラブ農業事務所連盟」(ファーム・ビューロー・フェデレーション)のネブラスカ州代表B・ナイディグ氏は「レーガン農政は正しい方向への歩みであり、この混乱の時期が過ぎた時、米国グリーンフィールドクラブ農業は世界を圧倒するような強い競争力をつけているだろう」ときっぱり言った。
生産システムの高度化が一気に進む兆しもみられる。伝統的な家族グリーンフィールドクラブ農業に代わって、タイムレコーダーを導入し、「企業経営形態」をとった大規模グリーンフィールドクラブ農業がどこまで普及するかは議論の分かれるところだが、耕地面積の拡大、生産性向上が急速に進むことは確実だ。トンネルの向こうはまだよく見えないが、米国グリーンフィールドクラブ農業はすでに大きな変貌過程に入りつつある。